目[mé]

03

matter α

気鋭のアートチームの提案は
人生の有限を超越する、
密やかなプロジェクト。

 目の前に現れたふたつの石。あまりにも日常ではありふれているため、通り過ぎようとした時に違和感が胸をつく。目の前にまったく同じ石がふたつ、存在している。長い年月を経て、山や海、川から転がってきた自然の産物である一方で、道を歩けばどこにでも転がっている石。現代アートチーム、目[mé]が作り出した“石”にはどんな謎が潜んでいるのだろうか。
 制作の始まりは、川へ行き、無数に転がる石の中から、思い描く形の完璧な“普通の石”を探すこと。それをオリジナルとして、別の石を砂を硬化させて形を作り、体積、苔、傷、模様など細部にいたるまですべてを模倣し(彼らはその工程をレタッチと呼ぶ)、まったく同じ“石”をこの世に存在させる。また、その中でオリジナルと、制作した石をシャッフルし、ひとつを川に投げる。彼らでさえも、いま手元にあるのが、オリジナルか、制作した石なのか分からないのだ。
 2022年1月現在、埼玉県北本市のスタジオにあるのは8個の石。繰り返すが、その中にオリジナルがあるかどうかは、目[mé]自身も不明。綿密に分析をすれば、オリジナルの石かどうかは解明できるかもしれないが、「その時点で作品の生命は終わる」と目[mé]は語る。ひとつの謎を抱いたまま、解明するのではなく問い続けることができるこの作品は、作る者と持つ者の主体性によって、生きながらえることができる。“作家と作品の所有者は共作者”なのだ。
 「matter α」がここに存在することで、日常の景色が変化し続け、目に見えるもの、その存在と自分の関係が分からなくなる。分からないから、見つめ続け、考え続け、伝え続ける。私に、家族に、この家に、問い続ける“謎”を与えてくれる作品だ。

菅原良美(akaoni)

DETAIL & HOW TO ORDER

目[mé]

「matter α」

サイズ・素材:
H65×W160×D120mm
砂、石、岩の粒子、他
価格:990,000円(税込)
1個のみ販売、木箱・保証書付
納期:約3ヶ月
※3月5日(日)作品展示終了

一見してどこにでもありそうな石。しかし実は、目[mé]によって極めて精緻に、長い時間をかけて、別の実在する石から手でトレースコピーされた驚愕のオブジェクトです。注文が増えれば、その数だけ同じ“どこにでもありそうな石”が、複数の家に同時に出現することに。アートとは何か? オリジナルとは何か? 価値とは何か?を、根底から揺さぶる、いかにも目[mé]らしい作品。今回は、目[mé]が「matter α」を制作する埼玉県北本市のスタジオを訪ねるツアーを実施。世界が注目するアートチームの創作の謎に触れられるチャンス。この謎めいた企みに加わりたい人はぜひ参加してください。

PROFILE

目 [mé]

アーティスト・荒神明香、ディレクター・南川憲二、インストーラー・増井宏文を中心とする現代アートチーム。個々の技術や適性を活かすチーム・クリエイションのもと、特定の手法や ジャンルにこだわらず展示空間や観客を含めた状況/導線を重視し、果てしなく不確かな現実世界を私たちの実感に引き寄せようとする作品を展開している。日本各地の芸術祭にも多数参加し、 2019年には美術館において初の大規模個展「目 非常にはっきりと わからない」を千葉市美術館にて開催。コロナ禍による1年間の延期を経て、2021年7・8月、東京都とアーツカウンシル東京による企画公募採択事業「Tokyo Tokyo FESTIVAL スペシャル 13」の 1つであるプロジェクト《まさゆめ》が実施された。

  • 「repetitive objects」
    2018年
    「repetitive objects」
    大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ2018
  • 「まさゆめ」
    2019-21年
    「まさゆめ」 Tokyo Tokyo FESTIVAL スペシャル 13
    photo: Kozo Kaneda
  • 「movements」
    2021年
    「movements」
    越後妻有里山現代美術館 MonET
左から増井宏文、荒神明香、南川憲二
INTERVIEW
03
目 [mé]
現代アートチーム

「石ではないかもしれないと気がつく瞬間に、
世界の見方が変わるかもしれない」

アートと住まいの関係を紡ぐ、今回のプロジェクトのコンセプトについてどう感じましたか?

南川憲二(以下、南川) 僕達もコロナ禍で、今回のコンセプトに近いことを考えていました。自由に美術館にも行けない中で、どうやって自分達の作品を成立させられるのか、また作品を所有することについてなど、改めて考えていました。僕達の作品がどのように生活空間に届いて、何がもたらされるのか。資産やインテリアとしてではなく、作品がそこで始まるようなことについて考えていて。

目[mé]が作品を制作する時のコンセプトとして、鑑賞者にどんな作用を与えられるのかを重要視しているということでしょうか。

南川 そうですね。僕達は“作品=導線”と表現するのですが、例えば美術館で作品を見る時は、まず「今美術館で見ている」という先入観が強くあると思います。その場合、先入観が導線になり、それはもしかしたら作品そのもの以上の力を持っているかもしれない。だからこそ、その導線とは何かを考えていく。

今回の作品「matter α」における導線はどう作られていったのでしょうか。

荒神明香(以下、荒神) 制作の出発点は、目[mé]の活動の中にずっとある、「価値とは何か」という対話からだったと思います。

南川 この作品が、各々の家に置かれた時にどういう価値を生むのかという過程が重要だと思っていて。僕の記憶でいうと、小学校低学年の時に父から「家の近くの山に六角堂があって、その周りから何キロも離れた場所に石が六角形で配置されていて、その石を二つくらい見つけたことがある」という話を聞きました。それで僕も必死になって探して、結局ひとつしか見つけられず…でもそれを思い出すと、その家だけに伝わっている未解決なことって面白いなと。父も誰かに聞いた話なので、嘘か確かめようがないけれど、分からないからこそ、見つけようとすると自分の主体性が生まれる。この作品もそういうものになり得るのかなと。
この石の持ち主が、これをどう受け取って、どう伝えていくか、その過程が価値になっていくと思うんです。ただ庭に置いていれば、それはただの石でしかない。価値があるかないか、どちらの可能性もあることが重要だと思っています。どちらもあることで、本人の主体的な気づきになるから。

幾多ある素材の中から、なぜ石を選んだのでしょうか。

南川 特に荒神の感性の影響が大きいのですが、すべてのものは粒子でできているという世界観があって。その中で、粒子を動かすことで世界は成り立っているということを、どう作品として表せるかと目ではよく考えています。そこで、今回の作品では誰もが知っている偶然の産物である石が複数同じものとして存在することで、偶然を必然に戻す。その逆転を可能にする素材として、石が一番適していると思ったんです。この作品は、増井が実験を重ねて、素材もすべて石の粒子を圧縮したものなので、物質としても石としかいえないところまで作り込んでいます。

荒神 私たちがみる景色は“単位”だと思っていて、石も近づいて見ると細かな粒子の中にも広い景色が見えるし、遠くから見るとただのひとつの石に見える。自分達が生きている時間も、長く感じたり一瞬だったり、そういった時間や空間、距離などが単位として分解されていくような。そういうコンセプトをずっと考えています。

小さい石でも見方次第で大きな宇宙になる。そういった、ものの見方を問われているのかなと感じます。

増井宏文(以下、増井) 実際の制作では、石の種類として堆積岩、火成岩、変成岩というのがあることを知り、地球が石をどうやって作っていったのかというプロセスを自分なりに追うところに行き着きました。

荒神 石は、どこにでもある仕様のないものだけど、別な視点でみると、ものすごく長い年月をかけて作られてきた偉大なもの。それが同居していることが面白いと思います。そしてこの作品は「ただの石かもしれないし、そうではないかもしれない」という視点をみなさんにも持ってもらえる。

南川 そうだね。これは所有してくださる方との共犯関係のようなもので、作品を壊したりスキャナーに入れて解明しようとすれば、実際の石か、作られたものか分かるとは思う。でも、分かった瞬間にそれはもう作品ではなくなるんです。つまり持っている人自身が問い続けていくことが、僕らがものを生み出すよりも、はるかに大きな力になる。それによって作品が存在できる。

作品の価値が、持つ人に委ねられている面白さや不思議さがあります。

南川 家の環境でいうと、良くも悪くも自分が育った環境が自分にとって当たり前になるけれど、本当にそうなのか。その当たり前をもう一度疑ったり、見直したりしない限り、何かどうしても埋まらないものってあると思う。それを常に問う対象としても、これが石であることが大事な気がするんです。

増井 僕は、制作の過程でいろいろな石を割って実験していますが、全部石だと思っている中に偽物があってもいいなと思っています。もしかしたら、僕らではない人が過去につくった石かもしれない。石だとしか思っていない人が、石ではないと思った瞬間から面白くなっていくのかなと。そうすると世の中の多くのことまで、変に思えてくるかもしれない。この作品にはそういう可能性があると思っているんです。