スペシャルトーク「わたしとアートの住まいかた」
クリス智子(ラジオ・パーソナリティ) × ナカムラクニオ(荻窪『6次元』主宰/美術家)
左からナカムラクニオ さん、クリス智子さん、宮本武典さん
現在、SUMUFUMU TERRACE 青山で好評開催中の「SEKISUIHOUSE meets ARTISTS」は、日本のアートシーンを牽引する3組のアーティストと、東京藝術大学の学生たちが、“あなたの家づくり”にオーダーメイドのアート作品を提案する展示会。
本展にあわせて開講するスペシャルトーク・シリーズ「家づくりとアート vol.1~3」では、SUMUFUMU TERRACE 新宿に著名なアートコレクターやインフルエンサーをお迎えし、日常生活にアートを取り入れるコツを「出会いかた」「住まいかた」「モノがたり」の3ステップでお伝えしていきます。(vol.1 荒井良二×遠山正道はこちら)
11月13日[日]にSUMUFUMU TERRACE 新宿で開催した「家づくりとアートvol.2」では、ラジオや著書を通して“暮らしとアート”の魅力を発信しているクリス智子さんとナカムラクニオさんをお迎えし、「わたしとアートの住まいかた」をテーマにお話を伺いました。
アートラバーのお二人は、いまどんなアーティストに注目し、プライベート空間ではどのようにアートを楽しんでいるのでしょうか? 聞き手は本展キュレーターの宮本武典さんです。
Q1. どんなアートのある家で育ちましたか?
家を建てるタイミングは、子育て期が多いそうです。そこで、ゲストお二人への最初の質問は、幼少期のアート+暮らし環境について。今回は事前に3つの質問をお二人に伝え、それぞれお話にあわせた画像を準備していただきました。それを会場に大きく映し出しながらの鼎談です。
クリスさんはフィラデルフィアの祖父母の家で、たくさんのアートに囲まれて育ったそう。なんと築100年! ビクトリア様式のその家には、祖父母が蒐集した様々なオブジェやアンティークが飾られており、「その一つひとつというより、組み合わせに影響を受けましたね」というクリスさん。なかでもアーチ型の窓がお気に入りで、窓枠に切り取られた絵のような風景に美を感じたのが、ご自身のアート体験の原点なんだとか。
続いてナカムラクニオさんがご紹介くださったのは、子ども時代を過ごした部屋の写真。「ルフィーノ・タマヨが好きだった」という早熟な15歳のクニオ少年は、なんと壁を自分でメキシコ風に青く塗って、自作の油絵を飾っていたそうです。
また、窓から見える隣家の壁に走るヒビが好きで観察していたこと。家族が使う食器をすべてお母さまが作陶していたことなどが、現在ナカムラさんが力を注いでいる「金継ぎ」の仕事につながっているとのこと。
クリスさんもナカムラさんも、ご家族がストーリーのある品を求めたり、暮らしのなかでものづくりを軽やかに楽しんでいて、幼少期のそうした環境が現在のキャリアや住まいかたに影響を与えたんですね。
Q2. わが家のアートとその作用
宮本さんからの2つ目の質問は、現在のお住まいについてでした。クリスさんは鎌倉、ナカムラさんは諏訪の家で、それぞれどんなアートを飾り、それがご自身や家族にどんな影響を与えているのか、伺いました。
クリスさんのご自宅には「鳥」モチーフのアートやオブジェがたくさんあるそうです。
「家にアートを取り入れるとき、ひとつキーワードがあるといいですよね。花でもブルーでも、何でもいいんですけど、私が鳥モチーフのアートを好むのは、家の中にいても自然と会話しているように思えるから」とクリスさん。
都内のマンションに住んでいたとき、樹とのつながりを窓を通して暮らしにとりこみたくて、街路樹の高さにあわせて3Fの部屋を選び、イギリスの版画家リチャード・スペアさんの鳥の作品を購入したとのこと。現在の鎌倉のご自宅でも、その版画を大切に飾っているクリスさん。窓辺には息子さんが油絵具で描いたというハンサムな鳥も見えます。
「“子どものものは子ども部屋に”ではなく、息子には家族の空間ぜんぶに関わってほしいんです。私にとって心地よい空間になるし。あと、子どもの絵を飾ることで、“ここは自分の場所だ”って家への愛着が育つと思うから」。
ナカムラさんのご自宅の写真がスクリーンに映し出されると、会場からどよめきが!古民家ふうの和室に、大きな白熊像が置かれています。これはフランソワ・ポンポン(1855-1933)の彫刻《Ours blanc》の原寸大フィギア。昨年開催された「フランソワ・ポンポン展 〜動物を愛した彫刻家〜」で解説の仕事をした縁で、ナカムラさんが主催元から譲り受けた会場造作の一部だそうです。
アート作品や美術図書の収集家でもあるナカムラさん。年々増加するコレクションの保管場所を苦慮していたそうですが、そこへさらに!この白熊も受け入れることなり、慌てて大きなスペースを探していたところ、長野県諏訪市の古民家と奇跡的に出会ったとのこと。
諏訪の古民家は、2つの蔵と、養蚕をしていた屋根裏がある江戸時代の大きな建物。
いまナカムラさんは、荻窪で自身のお店《6次元》を営みつつ、この諏訪の古民家をアトリエにして絵画や金継ぎの創作に打ち込んだり、コレクションを飾ったりして楽しんでいます。
「他にもまわりにいくつも古民家があるんです。どこも住む人がいなくて痛んでいるので、時間をかけて少しづつ買い取って整備していくつもり。お客さんを招いて金継ぎの合宿をしたり、古民家を会場に小さな芸術祭をひらきたいです」とナカムラさん。
新型コロナウイルス感染拡大による自粛生活の反動で、“東京脱出”や“二拠点化”という言葉が注目されていますが、自然に囲まれた自由空間を手に入れたナカムラさんはいま、都心の制約から解き放たれ、“アート+暮らし”を実践するダイナミックなアイデアが湧き出ているようですね。
Q3. いま気になっている「アートのある暮らし」は?
一人世帯が主流となった令和の現在。パンデミック後の社会では、家族や住まいの価値観も大きく変わりそうです。日々たくさんの情報を扱うお仕事をされているゲストのお二人は、これからのアート+暮らしでは何が大事になってくると考えているのでしょう。最後にアドバイスをいただきました。
ナカムラさんは、自分流にアートを“遊んでみる”感覚が大事だと説きます。例えば、手入れしている諏訪の古民家の軒下に、最近Amazonで買ったブランコを取りつけたナカムラさん。
「ブランコに揺られながら田んぼを眺めているだけで、すっごく豊かな気持ちになりますよ。あと囲炉裏の灰で枯山水をつくってみたり、山でとった栗をゴロッと転がしてみたりね。“〇〇道”とかって身構えるんじゃなくて、真似しながらの“遊び”でいいんです」。
ナカムラさんは雪解けの春にたくさんの客人を迎えるため、家や敷地のあちこちいろんな“アートの仕掛け”を準備しているとか。庭は雑草をあえて放置し“草ボウボウの石庭”をしつらえ、玄関には古民具と現代アートを組み合わせて飾りました。
「これって、昔の茶人たちがやってたことと同じなんじゃないかな?」。
このナカムラさんの「芸術を美しく遊ぶ」姿勢にクリスさんも賛同。
「そうそう。家って実は、家族のためだけじゃなくて、“他者にもひらいていく”ことが楽しく暮らすコツなんですよね。家のなかにアートがちょっとあるだけで、人と人の距離がぐっと縮まる。アートって、言葉を介さなくても対話を生み出せる。それが面白い」。
“わたし”と“あなた”には身体・物理的な境界線があるけど、「アートはマインドでつながっていける。境界線を消すことができるんです」と。
そしてクリスさんは、家族や客人のためだけではなく、家でひとり過ごす時もアートとの対話を楽しんいるのだとか。家族みんなで過ごすリビングではなく、キッチンや階段の踊場、お手洗いや窓辺など、“一瞬ひとりになる空間”に古い画集や人形、子どもが持ち帰ってきた石などファニーなものを置いておくそうです。
「ひとりでクスッとなったり、考えさせられたりして。アートを媒介にして自分自身とスモールトークをする感じが大好き。最近は、触って心地よいものなど、眠っている身体感覚を呼び起こすようなオブジェに興味がありますね」とのこと。
お二人とも日常生活のなかでアートを自在に動かしながら楽しんでおられることがわかりました。古今東西の名品や巨匠の人生に触れ、感動したり圧倒されたりするアート体験も素晴らしいけれど、家族や友人と、そして一人時間も心地よく過ごしたい家でのアートは、美術館とはまた違う飾りかたや楽しみかたのコツがあるようです。
「遊びのアート」や「スモールトーク」など、これからのSEKISUIHOUSE meets ARTISTSで参考にしたいヒントもいただきました!クリス智子さん、ナカムラクニオさん、ありがとうございました!
次回のNOTEではトークシリーズ「家づくりとアート vol.1〜3」の最終回「わたしとアートのモノがたり」をリポートします。ゲストは「1冊の本を売る本屋」として知られる銀座・森岡書店店主の森岡督行さんと、初の単著『文にあたる』(亜紀書房)が話題のフリーランス校正者・牟田都子さんです。どうぞお楽しみに!
トーカー 紹介
クリス智子(くりす・ともこ) ハワイ生まれ。幼少期に京都、フィラデルフィア、横浜など、日本とアメリカの各地の文化を色濃く感じる環境で育つ。上智大学では比較文化・社会学専攻。大学卒業時に、東京のFMラジオ局J-WAVEでナビゲーターデビュー。以来、10年半勤めた平日朝のワイド番組「BOOM TOWN」をはじめ、同局の各番組を担当。現在はJ-WAVE「GOOD NEIGHBORS」(月曜~木曜13:00~16:00)レギュラーナビゲーター。MC、ナレーション、トークイベント出演、また、エッセイ執筆、朗読、アートイベントへの参加など、幅広く活躍中。趣味はインテリア、アート、ものづくり、字を書くこと、運転、観劇、料理など。
ナカムラクニオ(なかむら・くにお) 1971年、東京目黒区生まれ。荻窪『6次元』主宰/美術家。著書は『金継ぎ手帖』、『古美術手帖』、『描いてわかる西洋絵画の教科書』(玄光社)『本の世界をめぐる冒険』(NHK出版)、『洋画家の美術史』(光文社)、『こじらせ美術館』(ホーム社)など多数。日米で金継ぎ作家としても活動し、2019年にアメリカの画家マコトフジムラと共同で金継ぎの学校「キンツギアカデミー」をロサンゼルスに設立。2021年には山形県東根市美術館で東北各地の市民とともに制作したうつわを展示する「金継ぎアンソロジー」展を開催した。現在は、長野で築100年の古民家をリノベーションしながら、2拠点生活をしている。