男性の育休取得を、より良い社会づくりのきっかけに
積水ハウスグループでは、社員とその家族とが幸せであってほしいとの思いから、2018年9月より男性社員の育児休業1カ月以上完全取得を推進しています。2019年からは9月19日を「育休を考える日」として記念日に制定し、産官学で男性育休を考えるプロジェクト「IKUKYU.PJT」を実施してきました。その一環として毎年開催している「男性育休フォーラム」も、今年で5年目を迎えます。本フォーラムでは、男性の育休を取り巻く変化について、この5年間の調査結果などをもとに振り返りながら、男性育休が当たり前になる社会にしていくには何が必要なのか、そのヒントについて考えていきます。
「男性育休フォーラム2023」の開催にあたり、社長の仲井から、積水ハウスグループが男性育休取得促進に取り組むきっかけとなったスウェーデンでの体験をはじめ、この5年間での男性育休を取り巻く環境の変化などについて話しました。
当社グループが男性育休に取り組んだのは、2018年のスウェーデン出張がきっかけでした。ストックホルム郊外の住宅地でベビーカーを押している大半が男性であるという光景に衝撃を受け、そこからスウェーデン社会や男性育休について勉強したことが始まりです。当社グループにおける対象者全員の完全取得を推進するとともに、そのノウハウやデータを発信していくことで、多様な働き方やより良い社会づくりにつなげていければと考えています。
2019年に国家公務員の男性育休原則1カ月以上が義務化され、男性育休に関する議論や関心が徐々に高まってきました。2022年4月には改正育児・介護休業法の施行、10月には「産後パパ育休」が開始。2023年4月からは、大企業における男性の育休取得状況についての公表が義務化されています。厚生労働省から発表された2022年度の男性育休取得率は17.13%、直近の調査では公表義務化企業の取得率は46.2%と急速に上昇しています。
「男性が当たり前に育休を取得できる世の中にしていきたい」というビジョンのもと、当社グループが実施してきた「男性育休を考える」プロジェクト。昨年は、81企業・団体とともに展開しましたが、今年は昨年を上回る119企業・団体にご賛同いただいています。また今年度は、1960年代から現代までの人々の暮らしや働き方の変化を描いたWEB動画「【昭和・平成・令和】いままでの父親、これからの父親。 #育休を考える日」を作成しました。将来の宝である子どもたちに、私たちは何ができるのか。そんな課題を提示したメッセージ動画となっています。これらを踏まえながら、男性の育休取得推進に関する最新の動向から、新しい働き方や家族のあり方などについて、皆様とともに考えていきたいと思います。
男性育休をめぐる意識の変遷や最新状況を紹介
~「男性育休白書2023」「男性育休プロジェクト2023」について~
執行役員 ダイバーシティ推進部長の山田が、男性育休に関する当社グループの取り組みをはじめ、「男性育休白書2023」の紹介、そして現在展開している「男性育休プロジェクト2023」の概要について発表を行いました。
当社グループの男性育休制度の概要をご紹介します。取得対象者は3歳未満の子を持つ当社グループ全社員です。積水ハウスの運用開始は2018年9月、2019年8月からはグループ会社へも展開しました。おもな特徴は、育児休業1カ月以上の完全取得、最初の1カ月を有給とする、最大で4回の分割取得が可能という点。また、2022年10月の法改正により産後パパ育休の運用が開始されましたが、当社では1年半前の2021年4月より、より柔軟な取得が可能な「出生時育児休業」の運用を開始し、制度拡充しました。
男性育休の取得に際し、まず作成するのが家族ミーティングシートです。育児休業をいつ、なぜ取得したいのか、家事や育児の細かな役割分担について、現状・育休中・育休終了後にそれぞれどのようにするかを家族で話し合うためのツールです。家族でコミュニケーションを図ることが、有意義な育休や家族の幸せにつながると考えています。2023年8月末時点で、取得期限を迎えた対象者1,778名全員が1カ月以上の育休取得を完了しており、運用開始以降取得率100%を継続しています。
また、男性育休取得促進の取り組みとして、2019年9月より育休フォーラムの開催と育休白書の発行を行ってきました。昨年の法改正以降、男性育休に対する世の中の機運が高まっており、今年はこれまで以上に皆様を巻き込んだプロジェクトを展開しています。さらに、東京工業大学で当社育休取得者が体験談を語ったり、日本とEUの共同プロジェクトであるジェンダー平等セミナーへの登壇が実現したりと、社会に向けた活動も広がっています。海外のアワードにおいても、他企業や団体とのパートナーシップを通じてジェンダー平等を推進し、社会の変化を促進する企業として表彰を受けました。
男性育休の取得実態は5年間で大きく向上
「育休白書2023」について、今回の調査結果とともに、これまで5年間の男性育休実態の変遷を見ていきます。男性の育休取得率は、9.6%から22.4%と5年間で約2.5倍に、取得日数は2.4日から23.41日と約10倍になりました。また、育休を取得したい男性は69.9%で、この5年間で約10ポイント増加。パートナーに育休を取得してほしい女性は64.7%で約15ポイントの増加と、ともに過去最高値となっています。
職場の環境も男性の育休取得を推進
「職場の男性の育休取得に対するルールや仕組みがある」と答えた割合は42.1%と、5年間で約5ポイント増加。「職場が育休を取得しにくい雰囲気」と答えた割合は22.2%と約5ポイント減少し、職場環境は緩やかに改善されているようです。また、育休取得男性の取得時の「不安」は70.2%で、5年間で約7ポイント改善しました。男性育休取得に対する職場のルールや仕組みが整備され、取得する雰囲気が醸成されるにつれ、取りにくい雰囲気が改善されてきたことが不安の解消につながったようです。
一般社員層は男性の育休取得を歓迎
男性の育休取得に「賛成」するマネジメント層は、80.3%と前年度から約2ポイント増加。さらに、男性の育休取得を「もっと浸透させるべき」と答えたマネジメント層は76.8%で、こちらも約5.5ポイント増加しています。一般社員層においては、「賛成」が86.6%。「もっと浸透させるべき」が77.4%と、マネジメント層以上に男性の育休取得を歓迎していることがわかります。
男性育休取得推進で当社社員の意識も変化
当社社員に男性育休取得100%の取り組み開始後、「企業風土に変化を感じますか」と聞いたところ、「企業風土の変化を感じる」と答えた割合は74.9%。これは男性育休白書調査対象の一般社員層と比べると約1.8倍も高く、当社社員はより強く企業風土の変化を感じています。また、男性の育休取得推進や取得者の増加によって、自身の働き方や生き方を考えたり、周囲への配慮にもつながったりしていることもわかりました。この5年間、愚直に取得促進を継続したことが、この結果に反映されていると考えます。
パネルディスカッション
テーマ「男性育休が当たり前の社会にしていくには」
法改正の後押しや多くの企業・団体の取り組みによって、男性育休取得促進は進んできました。しかし、政府目標である「2025年30%」の達成には、まだまだ社会全体で機運を高めていく必要があります。そこで今回は、日本の男性育休の歴史を振り返ることで、男性育休の現在と未来を考えるきっかけを醸成したいと考えています。本セッションでは、「男性育休が当たり前の社会にしていくには」と題し、男性育休をどのように推進していけばいいか、そのヒントを探っていきます。
企業の取り組みを中心に、男性育休を取り巻く状況は変化
治部 育休プロジェクトも、今年で5年目を迎えました。この5年間で、日本社会の男性育休に対する意識も随分変化したのではないかと思います。男性育休取得促進のリーディングカンパニーでもある積水ハウスにおいては、どのような変化や手応えを感じていらっしゃいますか。
仲井 男性育休制度を導入した当初は課題もありましたが、今ではほぼ定着している状況です。全国どの支店に行っても、男性社員から「育休取りましたよ」と声を掛けてもらえることからも、この制度が社員にとって当たり前になってきたのだと実感できます。より強いチームワークが生まれた、ライフスタイルを考えるきっかけになったなど、さまざまな派生効果も生まれてきました。何よりうれしいのは、この5年間での生産性が落ちていないということです。
治部 私が勤務する大学でも、育休を取得した積水ハウスの男性社員に来ていただき、どんなふうに働き方やライフスタイルが変わったか、経験談を話していただきました。こうした取り組みからも、若い世代にとっての働き方の常識というものを変えていけるのではないかと感じています。
安藤 5年前、積水ハウスが男性育休制度を独自に始めると耳にしたときは、かなり驚きました。こんな有名企業が1カ月の男性育休を推奨するというのは、日本社会に対して大きなインパクトを与えることになるだろうと。積水ハウスから依頼を受け、社員の方に育休のメリットについて話をさせていただきましたが、とても前向きな反応だったことも印象に残っていいます。導入の年内に100%を達成したと聞き、これで本当に潮目が変わると確信しましたね。
治部 「男性育休白書2023」でも、この5年間で育休の取得率・取得日数は増え、その一方で取得時の不安は減ったという結果が見られました。こうした数字からも、日本社会が変わってきていると感じることができます。最近発表された厚生労働省の男性育休に関する調査では、取得率が17.13%と育休白書の24.4%パーセントと比べると約7ポイントのギャップがあります。
中里 厚生労働省の数字は、2年前の9月までの1年間に子どもが生まれた男性のうち、昨年10月1日までに育休を開始した人の割合です。男性育休白書の数字は、今年6月時点で小学生以下の子どもと同居している人が対象なので、昨年と今年に子どもが生まれた人も含んでいます。つまり、男性育休白書は厚生労働省の調査より2年近く新しい世代の動向を含んでいることになるわけです。
治部 男性育休白書の調査結果からは、昨年の法改正の効果がすでに見えつつあるということですね。
中里 来年の厚生労働省調査における数字の伸びを期待させる、まさに先取りした数字になっていると考えます。
安藤 ファザーリング・ジャパンが実施しているイクボスプロジェクトでも、積水ハウスの担当者から社内の取り組みについて話していただいています。いい点は学び、取り入れていくという姿勢が他の企業にも見られており、こうした背景も5年間の数字の変化に表れているのではないかと思います。
時代の移り変わりとともに、「当たり前」は変わっていく
治部 中里さんは、社会学者として男性育休の研究をされています。今回は、WEB 動画「【昭和・平成・令和】いままでの父親、これからの父親。 #育休を考える日」の監修もされました。
中里 どの時代にもさまざまな家族の形があり、時代が変わったからといって一斉に変化が起こるわけではありません。それぞれの時代で、何が当たり前とされていたのかを統計調査から割り出し、動画制作者の方に情報を提供しました。また、1960年代の高度経済成長期前と後における、家族の形の変化にも注目。高度経済成長期の前半までは、父親を含め地域皆で子育てに関わっていて、母親も店で働いたり農作業に従事していたりしていました。そういう光景も、わかりやすく描いています。
治部 父親が子どもと触れ合うシーンが一瞬あることで、その後に進んでいく性別役割分担との対比が明確になっていますね。
中里 70年代は、男性は会社や工場などで働き、女性は家で子育てをする、という核家族の姿が一般化します。1985年に男女雇用機会均等法が制定された後も、女性は出産したら退職し子育てに専念するという考えが長く続いていきます。むしろ80年代はバブルの到来で、男性は仕事や接待で忙しく、家庭では父親不在という状態に。2000年代はイクメンブーム、2010年代には働き続ける母親が増えてきました。それでも、父親が育休を取得する、という意識はまだまだ広がっていなかったですね。
仲井 高度経済成長期に突入し、家族の形も大きく変わっていきました。それが良いか悪いかではなく、そういう時代の流れだったのでしょう。ただその後、日本社会が成熟期に入り、どのような働き方や家族との関わり方が望ましいのか、その捉え方はまったく違うフェーズに入ってきました。どの時代においても大切なのは、将来の宝である子どもの幸せをどう考えていくか。それが根底にないと、経済は成り立たないのではないかと思います。
中里 動画の監修にあたり、私が特に重視したのは2020年代の描き方です。コロナ禍で在宅勤務が増え、女性が外で仕事をしている間に男性が一人で子育てを担う、といった光景も見られるようになりました。まさに、70年代の父親と母親の役割が逆転しているような映像ですね。こうした時代の変化を映し出すことで、父親と母親、そして子どもが一緒に歩いていく最後の姿に、多くの意味を感じ取ってもらえるのではないかと考えています。
治部 時代によって幸せの定義も変わっていく、ということが凝縮された動画だと感じました。
中里 男性育休白書のデータにあるように、育休取得に対する男性の意欲も高まっています。ただ、その意欲がないという人も、まだまだ多い。給料が減る、周りに迷惑がかかる、なぜ必要なのかピンとこない。そんなふうに思っている男性に対し、育休取得の意味付けを、上司や同僚、そしてパートナーがもっと与えていくことが必要だと思います。
男性育休に対する企業側の意識の変化、活動の広がりにも注目
治部 改正育児・介護休業法の施行以降、企業における男性育休への取り組みは加速していると感じます。安藤さんは、さまざまな企業の動きを間近で見ておられますが、どのような変化を感じられますか。
安藤 3年前、法案が衆議院を通過した後、企業からの問い合わせや研修依頼が殺到しました。その中でも、積水ハウスの男性育休制度への関心は、とても高かったですね。男性が育休を取るというだけでなく、生産性が落ちない、働き方改革が進んだといったメリットが、経営者側の意識を動かしていると実感します。
治部 積水ハウスの場合、仲井社長がイニシアチブをとって推進されているという点にも説得力があるのでしょうか。
安藤 そうですね。トップの本気度が一番大事だと、私たちも常々伝えています。
治部 ジェンダー平等に関する日本とEUの共同プロジェクトでも、男性が家事や育児に参加することがジェンダー平等につながっていき、さらにいろいろな企業を巻き込んでいくという、積水ハウスの事例が紹介されディスカッションがとても盛り上がりました。日本の今の動きは、世界的にも注目される流れであることが明らかになったと感じます。
安藤 ファザーリング・ジャパン主催のイクボス企業同盟に加入している企業では、積水ハウスと同様に1カ月有給にするところが10社を超えています。イクボス研修や管理職向け研修を定期的に行っているところ、当事者の意識を変えるための企業内両親学級と管理職研修を並行し実施しているところなどが、男性育休の取得率を伸ばしているようです。また最近は、育休取得によって他のメンバーに業務のしわ寄せが出るといった問題に対し、育休を取得しない人たちに支援金を出す、という動きも出てきましたね。
治部 公平性といった面に配慮していくということですか。
安藤 来たる大介護時代にも、同じ状況は起こるでしょう。お金で解決するよりも、「お互いさま」の気持ちでサポートし合える関係性を築くことが必要だと思います。
男性育休を子どもが幸せになる社会実現への足掛かりに
治部 今回のメインテーマである、男性育休が当たり前の社会にしていくために、企業が一番大切にすべきことは何だとお考えでしょうか。
仲井 特に悩まれているのは、きっと中小企業の方々でしょう。他社に倣うのではなく、規模や業種などそれぞれの企業に応じた制度を考え、推進していけばいいと思います。当社グループの場合も、スタート時は積水ハウスのみで実施し、グループ会社には強制しませんでした。勤務形態や業務内容などが異なるため、同じ制度ではうまくいかないのではと懸念したからです。しばらくして、グループ会社からも導入したいとの声があがったため、今はグループ全体で推進しています。大事なのは、子どもが幸せになるためにはどんな制度がいいのかを考えること。必ずしも、男性育休一辺倒でなくていいと思います。
安藤 育休取得率を上げたいのであれば、まずは当事者の意識を高めることです。「会社が取れと言っているから取る」ではなく、父親になる喜びに自分自身で気付かなければいけません。さらに、管理職世代の意識だけでなく、昭和な働き方をどう変えていくかという点も重要。そこに、トップの本気度があれば大丈夫でしょう。
中里 90年代以降の日本社会は、企業による家族丸抱えという昭和的なスタイルから、プライベートにあまり踏み込まないほうがいいという考えにシフトしてきたと思います。その逆に、欧米や外資系企業などでは、仕事場に家族を呼ぶ機会を設ける、上司とのワン・オン・ワンの面談をしながら働き方や人生設計について考える、といった動きが生まれてきた。男性育休が当たり前の社会になるためには、こうした変化も求められるのではないでしょうか。
治部 自分の人生をどうしていきたいかという点に、一人ひとりがきちんと向き合うことも重要ですね。
中里 男性育休が当たり前になった社会は、現実に存在しています。仲井社長が視察されたスウェーデンを含む北欧はもちろんですが、私が調査したドイツでも、平日の日中における父親の存在感は非常に大きいと感じました。日本でも、父親が子育ての手伝いではなく、一人の担い手になるという認識を広げること。同時に、子どもを持つ女性も、男性と対等な仕事の担い手になれるという認識を高めていくことが、今後ますます必要になると思います。
治部 最後に、仲井社長からメッセージをお願いします。
仲井 私は、自律した社員が増えれば企業は強くなる、と考えています。自律した社員とは、仕事面だけではなく、家族のことや、親としての自分の人生についても、しっかり考えられる人のことです。自律した社員が増えることで、いろいろなアイデアも生まれる。それが企業の発展にもつながり、自発的に成長していく企業になれるのだと思っています。男性育休は、その第一歩としても活用しやすい制度です。ぜひ前向きに、取り組んでいってください。
以降、文中では育児休業のことを育休と表記します。