山手エリアは幕末から1899年(明治32年)まで外国人居留地だったことから、洋館や西洋式庭園などの歴史・文化資源が多く残っています。そうした遺産である洋館のひとつ「山手133番館」を、2020年に横浜市内の洋菓子店「パティスリー モンテローザ」を経営する「三陽物産」が取得し、修復・保全活動を開始。その背景と目指すものについて、山本博士社長に伺いました。
三陽物産 社長
山本博士さん
解体の危機にあった洋館を
残し、現代に蘇らせる。
「山手133番館」に出会ったのはまったく偶然でした。2020年5月、何気なくインターネットの不動産情報サイトを見ていたところ、横浜山手にある一軒の古い洋館が売りに出されているのを発見しました。以前からこの地域の洋館が老朽化などで取り壊され、年々減少しているという話が気になっていたこともあり、すぐ翌日に物件の内覧に向かいました。
現地を訪れ、木造2階建ての建物の中に入ってみた瞬間、高い天井や扉、暖炉などの内装から、かつて外国人の方々が生活していた雰囲気が伝わってきました。庭には手作りのブランコが残っていて、子どもが描いた絵があったり……当時の暮らしの様子がありありと浮かび、その佇まいに魅了されましたが、おそらくこの物件も他の多くの洋館と同じく、耐用年数や修繕コストなどの問題で解体される可能性が高いとのこと。山手の歴史を物語るこの家をどうにか遺せないかと思い、土地と建物を三陽物産で購入することにしました。
取得後すぐに着手したのは、この物件をできるだけ創建当時の姿に戻しながら、耐震補強を含め現代の人が快適に暮らせる住まいへと修復すること。建物は1930(昭和5)年頃の竣工とされていますが、現代までの長い間に変更されていた部分があるようでした。そんな中、インターネットで手がかりを探していたら、何と「1957年から1964年まで山手133番館で暮らしていた」という方の書き込みを見つけました。その主ケアリーさんは現在海外在住で、子ども時代を家族とともに山手で過ごされた、インターナショナルスクールの卒業生だったんです。さっそくご連絡を取ったところ、何と当時の写真と映像を送ってくださいました。そこには当時の一家の生活の様子とともに、今では取り去られてしまった鎧戸や塗り替えられる前の外壁の色など、住宅のオリジナルのディテールが映っていました。
こうした貴重な資料を元にして、横浜の歴史的建造物の復元を手掛けている建築士・兼弘彰さんのご協力のもと修復を進め、蘇らせました。白い外壁の一部を削ってみると、写真で見たとおりのクリーム色の壁が出てきました。
山手133番館のもうひとつの魅力はこの立地です。山手エリアは切り立った崖になっていることから、居留外国人から「ブラフ(断崖)」と呼ばれてきましたが、この建物はまさしく崖の上に建っています。大きな上げ下げ窓や2階のサンルームは、その美しい眺望を楽しむために作られたものだということがよくわかります。現在、自治体によって保存されている山手の洋館の多くは移築されたものですが、竣工時の場所にそのまま残る建物だからこそ伝わるものもあります。家の脇に遺る「ブラフ積み」と呼ばれる石積みは明治時代の初期のもので、建物とともに横浜市の歴史的建造物として認定していただきました。
地域に残る小さな遺産を
企業が守っていくこと。
私は横浜・桜木町駅の近くで生まれ育ちました。小学校の図工の時間には横浜港の絵をスケッチして、船のドックやクレーンのある景色を眺めていました。しかし、時代が進むにつれ、港の開発が進み、その風景はどんどん変わっていきました。現代的な施設の立ち並ぶ街をかっこいいと思う反面、失われていったかつての風景にも思いを馳せることも多く、横浜の守るべき歴史を残していきたいと思うようになりました。
私たち三陽物産は洋菓子店「パティスリー モンテローザ」の経営をしており、創業から60年以上、観光土産菓子の製造販売はもちろん、地元のホテルにも商品を卸し、横浜の観光産業とつながってきました。お菓子を通じて、横浜の歴史文化を継承していきたいと考えています。2023年4月には、下田と横浜を結ぶ観光列車「THE ROYAL EXPRESS」とコラボレーションし、横浜駅地下2階に「ザ ロイヤルカフェ ヨコハマ モンテローザ」をオープンしました。土地の歴史や文化の魅力を多くの方々に知っていただきたいという列車のコンセプトは我々の思いと一致するもので、内装やメニューも横浜らしい雰囲気を味わっていただけるよう心がけました。
世界遺産になるような史跡などを国や自治体が保存していくことは重要ですが、地域の小さな遺産を地元の企業として守っていくということもまた大切なこと。100年企業を目指している私たちにとって、地域貢献は使命だと感じています。山手133番館の前を通りかかった方が、ふと過去の人々の暮らしに思いを馳せ、町並みを楽しんでくださったらうれしいですね。