税務の専門家がポイントを解説 TKC税務講座

民法(相続法等)改正と相続実務への影響

税理士法人 ファミリィ 代表社員・税理士 山本和義

2 民法及び家事事件手続法の一部を改正する法律等

2. 遺産分割に関する見直し等

(1)配偶者保護のための方策(持戻し免除の意思表示の推定規定)

令和元年7月1日以後に婚姻期間が20年以上である夫婦の一方配偶者が、他方配偶者に対し、その居住用建物又はその敷地(居住用不動産)を遺贈又は贈与した場合については、持戻しの免除の意思表示があったものと推定し、遺産分割においては、原則として当該居住用不動産の持戻し計算を不要としました(当該居住用不動産の価額を特別受益として扱わずに計算をすることができます。)。

【設例】

  1. 1.被相続人 夫(令和6年10月死亡)
  2. 2.相続人  妻・長男
  3. 3.相続財産
    その他の財産 4,000万円
    なお、妻は夫から贈与税の配偶者控除によって居住用不動産2,000万円を令和6年8月に贈与を受けている。

4. 遺産分割

(単位:万円)

民法改正前 民法改正後
長男 長男
みなし遺産価額 6,000 (注)4,000
法定相続分で相続 3,000 3,000 2,000 2,000
特別受益額 △2,000
具体的相続分 1,000 3,000 2,000 2,000
遺留分侵害額の判定 特別受益額を加味した「みなし遺産価額」を基に、法定相続分で相続するため遺留分の侵害はない

特別受益額を加味した「みなし遺産価額」を基に、遺留分の侵害額を判定しても遺留分の侵害はない

※ 長男の遺留分の侵害の判定

(2,000万円+4,000万円)×1/2(総体的遺留分割合)×1/2(長男の法定相続分)=1,500万円≦2,000万円

∴遺留分の侵害はない。

(注)夫から生前贈与を受けた居住用不動産は、持戻し免除によってみなし遺産価額に含まれない。

贈与税の配偶者控除と新・民法の相違点
贈与税の配偶者控除 新・民法
婚姻期間 20年以上 20年以上
贈与財産の種類 居住用不動産又は居住用不動産を取得するための金銭 居住用不動産
取得原因 贈与 遺贈又は贈与
贈与の額 非課税贈与の上限額は2,000万円 持戻し免除の場合、上限額はない
持戻し免除の取扱い 意思表示が必要 意思表示があったものと推定する

※ 贈与税の配偶者控除においては、配偶者が居住用不動産を取得するための金銭もその控除の対象となりますが、民法における持戻し免除については、居住用不動産のみが対象とされます。

(2)遺産分割前の払戻し制度の創設等

平成28年12月19日最高裁大法廷決定により、①相続された預貯金債権は遺産分割の対象財産に含まれることとなり、②共同相続人による単独での払戻しができないこととされました。そのため、生活費や葬儀費用の支払、相続債務の弁済などの資金需要がある場合にも、遺産分割が終了するまでの間は、被相続人の預金の払戻しができないことになります。

そこで、遺産分割における公平性を図りつつ、相続人の資金需要に対応できるよう、2つの制度を設けることとしました。

1 預貯金債権の一定割合(金額による上限あり)については、家庭裁判所の判断を経なくても金融機関の窓口における支払を受けられるようにする。
2 預貯金債権に限り、家庭裁判所の仮分割の仮処分の要件を緩和する。

それぞれの方策の要点は、以下のとおりです。

① 家庭裁判所の判断を経ないで、預貯金の払戻しを認める方策

各共同相続人は、遺産に属する預貯金債権のうち、各口座ごとに以下の計算式で求められる額(ただし、同一の金融機関に対する権利行使は、法務省令で定める額(150万円)を限度とする。)までについては、他の共同相続人の同意がなくても単独で払戻しをすることができることとしました。

【計算式】

単独で払戻しをすることができる額 =
相続開始時の預貯金債権の額×1/3×当該払戻しを求める共同相続人の法定相続分

仮払いを受けた預貯金については、その相続人が遺産の一部分割によって取得したものとみなされます。

【設例】

法定相続分が1/2である相続人が、A銀行に払戻し請求する場合

預金の種類 遺産の額(残高) 単独で権利行使できる額
普通預金 150万円 25万円
定期預金 300万円 50万円
合 計 450万円 75万円

※ 普通預金から75万円、定期預金から0円という払戻しはできません。また、銀行の約定で「定期預金の一部払戻しはできない」としている場合、銀行は定期預金部分については払戻しを拒否することが可能です。

② 家事事件手続法の保全処分の要件を緩和する方策

預貯金債権の仮分割の仮処分については、家事事件手続法の要件(事件の関係人の急迫の危険の防止の必要があること)を緩和することとし、家庭裁判所は、遺産の分割の審判又は調停の申立てがあった場合において、相続財産に属する債務の弁済、相続人の生活費の支弁その他の事情により遺産に属する預貯金債権を行使する必要があると認めるときは、他の共同相続人の利益を害しない限り、申立てにより、遺産に属する特定の預貯金債権の全部又は一部を仮に取得させることができることにしました。

平成30年の改正で、遺産分割前に預貯金の払戻しを認める制度として、①家庭裁判所の判断を経ないで預貯金の払戻しを認める方策と、②家庭裁判所の判断を経て預貯金の仮払いを得る方策の2つの方策が設けられました。①の方策については限度額が定められていることから、小口の資金需要については①の方策により、限度額を超える比較的大口の資金需要がある場合については②の方策を用いることになるものと考えられます。

しかし、家庭裁判所の判断を経ないで預貯金の払戻しができる制度においても、法定相続人の確定のために、被相続人の出生から死亡までの連続した戸籍を収集し、かつ、相続人の戸籍抄本なども必要となることから、葬儀費用のように相続開始後すぐに支払わなければならないお金については、この払戻し制度を利用しても間に合わないかもしれません。

3. 遺言制度に関する見直し

平成30年の民法改正によって、自筆証書遺言の方式緩和と法務局における遺言書の保管等が行われることになりました。

(1)自筆証書遺言の方式緩和

自筆証書遺言の方式緩和の要点は、以下のとおりです。

(要点)

平成31年1月13日以後に作成する自筆証書遺言については、全文の自書を要求していた改正前の自筆証書遺言の方式を緩和し、自筆証書遺言に添付する財産目録については自書でなくてもよいものとしました。ただし、財産目録の各頁に署名押印することを要することとしました。

公正証書遺言と自筆証書遺言方式の相違点
公正証書遺言方式 自筆証書遺言方式

作成者と

作成方法

遺言者の意思を確認して公証人が作成 本文部分は遺言者が自書し、財産目録は自書以外も可
保管制度 公証人役場で保管 遺言者自らが法務局に出向き、法務局で保管
撤回方法 公証人役場から遺言書の返還を受けることはできないため、他の遺言書で撤回の意思表示を行う 法務局に預けている遺言書の返還を受け、廃棄して撤回することもできる
安全性 公証人が関与することから、無効になる可能性が低い 遺言の内容や遺言者の意思について、紛争になる可能性が公正証書遺言と比較して高い

(2)法務局における遺言書の保管等

法務局における遺言書の保管等に関する法律(以下「遺言書保管法」といいます。)は、高齢化の進展等の社会経済情勢の変化に鑑み、相続をめぐる紛争を防止するという観点から、法務局において自筆証書遺言に係る遺言書を保管する制度が新たに設けられました。この制度により保管された自筆証書遺言については、家庭裁判所での検認手続を除外されます。

遺言書保管法は、令和2年7月10日に施行されています。

改正前の制度における自筆証書遺言の作成における短所には、以下のようなものが考えられます。

1 文字を書ける人に限られます。
2 紛失や改ざんの心配があります。
3 方式不備、内容不備による無効の可能性があります。
4 発見されないリスク、隠匿される恐れがあります。
5 遺言者が死亡したら家庭裁判所で検認手続が必要です。

自筆証書遺言を法務局で保管してもらうことで、②ないし⑤についての短所の解消が期待されます。

なお、③の方式不備(例えば、日付の記載がない、押印されていないなど)については、法務局で遺言書を預かる際に、遺言書保管官によって確認・指導が行われると思われます。しかし、遺言の内容不備については、具体的な指導・アドバイスは行われないものと思われるため、遺言が無効とされるリスクは残ります。

そのため、公証人が作成する公正証書遺言によれば、文字を書けない人(公証人が作成します。)でも遺言書を作成することができ、かつ、遺言書の内容が無効とされることが少ないことから、より安全であると考えられます。

4. 遺留分制度に関する見直し

  • ① 遺留分減殺請求権の効力及び法的性質の見直しでは、遺留分侵害額請求権の行使について、遺留分権利者及びその承継人は、受遺者(特定財産承継遺言により財産を承継し又は相続分の指定を受けた相続人を含む。)又は受贈者に対し、遺留分侵害額に相当する金銭の支払を請求することができることとしました。
  • ② 遺留分の算定方法の見直しでは、遺留分を算定するための財産の価額に関する規律のうち、相続人に対する生前贈与は、相続開始前の10年間にされたものに限り、その価額(被相続人のあらゆる生前贈与を持戻し計算の対象とするのではなく、婚姻若しくは養子縁組のため又は生計の資本として受けた贈与の価額に限ります。)を、遺留分を算定するための財産の価額に算入することとしました。

なお、相続人以外の者に対する贈与は、婚姻若しくは養子縁組のため又は生計の資本に限定することなく、相続開始前の1年間にされたものは、遺留分を算定するための財産の価額に算入されます。当事者双方が遺留分権利者に損害を加えることを知って贈与をしたときは、1年前の日より前にしたものについても、同様とします。

5. 相続人以外の者の貢献を考慮するための方策(特別寄与制度の創設)

被相続人の子の妻が被相続人を長年介護するといったことは現実によくみられますが、寄与分は共同相続人の中だけで認められ、子の妻は相続人ではないので寄与分は認められません。家庭裁判所は子の妻の介護による貢献を子の行為と同一とみなして寄与分を認めるなどして柔軟に対処してきましたが、夫が被相続人より先に死亡している場合は、このような対処はできないという問題や、被相続人の兄弟姉妹による貢献についても寄与分を認めなければ不公平であるという問題が残っていました。

平成30年の改正で新設された「特別寄与制度」は、被相続人に対して無償で療養看護その他の労務の提供をしたことにより被相続人の財産の維持または増加について特別の寄与をした被相続人の親族(相続人、相続放棄をした者、相続欠格事由のある者、廃除された者を除く。以下「特別寄与者」といいます。)は、相続開始後、相続人に対し、特別寄与者の寄与に応じた額の金銭(特別寄与料)の支払を請求することができるというものです。ただし、特別寄与料の額は、被相続人が相続開始の時において有した財産の価額から遺贈の価額を控除した残額を超えることができません。

また、相続の開始後、相続人に対し特別寄与者が相続の開始及び相続人を知った時から6か月を経過したとき、又は相続開始の時から1年を経過したときは特別寄与料の支払いを請求することができません。

主な民法等改正の内容と施行日及び経過措置
改正内容 施行日 経過措置
自筆証書遺言方式緩和

平成31年

1月13日

施行日前にされた自筆証書遺言は従前の例による。
配偶者への持戻し免除の意思表示の推定

令和元年

7月1日

施行日前にされた遺贈又は贈与については適用しない。
払戻し制度等の創設 施行日前に開始した相続に関し、施行日以後に預貯金債権が行使されるときにも適用する。
遺留分制度に関する見直し 施行日前に開始した相続については従前の例による。
特別寄与者の特別の寄与 施行日前に開始した相続については従前の例による。
配偶者の居住権を保護するための施策

令和2年

4月1日

施行日前に開始した相続については、従前の例による。配偶者居住権は施行日前にされた遺贈については適用しない。
自筆証書遺言書の保管制度の創設

令和2年

7月10日

成年年齢20歳から18歳に引下げ

令和4年

4月1日

施行の際に18歳以上20歳未満の者は施行日において成人に達するものとし、施行日前に婚姻をし成年に達したものとみなされた者は従前の例により婚姻の時に成人に達したものとみなす。

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