スペシャルトーク「わたしとアートのモノがたり」

牟田都子(校正者) × 森岡督行(森岡書店・店主)

左から宮本武典さん、牟田都子さん、森岡督行さん

現在、SUMUFUMU TERRACE 青山で好評開催中の「SEKISUIHOUSE meets ARTISTS」は、日本のアートシーンを牽引する3組のアーティストと、東京藝術大学の学生たちが、“あなたの家づくり”にオーダーメイドのアート作品を提案する展示会。
本展にあわせて開講するスペシャルトーク・シリーズ「家づくりとアートvol.1~3」では、SUMUFUMU TERRACE 新宿に著名なアートコレクターやインフルエンサーをお迎えし、日常生活にアートを取り入れるコツを「出会いかた」「住まいかた」「モノがたり」の3ステップでお伝えしていきます。

2023年1月15日[日]にSUMUFUMU TERRACE 新宿で開催した「家づくりとアートvol.3」には、ゲストに「1冊の本を売る本屋」として知られる銀座・森岡書店店主の森岡督行さんと、著書『文にあたる』(亜紀書房)が話題のフリーランス校正者・牟田都子さんをお迎えし、「わたしとアートのモノがたり」をテーマにお話を伺いました。
本づくりを通してたくさんの表現者とつながるお二人が、これまでに心を動かされた「アートと暮らし」の本とは? 聞き手は本展キュレーターの宮本武典さんです。

絵画や彫刻はハードルが高いと思っている方も多いですが、絵本や画集はどうでしょう? ご自宅の本棚に1冊くらいは入っていませんか?
ゲストお二人には、ご自宅の本棚から今回のトークのテーマにあわせた本を持参いただきました。宮本さんからの選書依頼は、〈美やアートについて教えてくれた本、モノとしての佇まいがアート作品のような本、アートにまつわる思い出のある本〉とのこと。
以下がお二人の選書リストです。

牟田都子さんの選書

『和のアルファベットスタイル 日本の器と北欧のデザイン』 堀井和子(文化出版局)
『アートと暮らすインテリア』 (PIE International)
『シェーカー 生活と仕事のデザイン』 ジューン・スプリッグ、マイケル・フリーマン、藤門弘訳 (平凡社)
『ピースフル・スペース』 アリス・ウェイトリー、野沢佳織翻訳監修、北川明子訳(エディシオン・トレヴィル)
『フェルメール』 植本一子(ナナロク社)
『工芸青花』 (新潮社)
『ku:nel』 (マガジンハウス)

森岡督行さんの選書

『ひとりよがりのものさし』 坂田和實(新潮社)
『暮らしを旅する』 中村好文(KKベストセラーズ)
『街角』 木村伊兵衛(ニッコールクラブ)
『ぼくらのおうち』 さとうゆみか(福音館書店)
『び』 伊藤ていじ、細谷巖(1960年 世界デザイン会議日本紹介配布資料)
『FRONT』 (東方社)

このリストからゲストが交互に持参の本をピックアップしながらお話をうかがっていきます。その前に、牟田さんと森岡さんのご紹介から。
牟田都子さんは人気の校正者として本づくりの現場で活躍しておられます。
初の単著となった『文にあたる』(亜紀書房)が本好きの注目を集めていますが、同書は牟田さんが15年ちかく続けてこられた校正・校閲の仕事のなかで、見てきたこと感じてきたことを綴ったエッセイです。
森岡督行さんは東銀座でいっぷう変わった〈1冊の本を売る本屋〉を営んでおられます。
森岡書店では週替わりで1種類の本だけを取り上げ、著者や編集者とともに、写真集なら額装したプリントを、器の本ならその陶器自体というふうに、書籍にまつわる美術品などをあわせて展示する独自のスタイルで知られています。

さて、牟田さんセレクト1冊目『和のアルファベットスタイル 日本の器と北欧のデザイン』は、料理研究家の堀井和子さんの本です。
堀井さん流のテーブルコーディネートを分かりやすく紹介する本ですが、掲載されている器や家具調度品が、すべて著者が日常で実際に使っている私物であるところがポイントだと牟田さんはいいます。
スタイリストはあちこちから借りてきた品々で誌面用のコーディネートを組みますが、この本では堀井和子さんというひとりの女性の生活空間が読者に開示されています。
豊富な写真には、タイトルにある北欧デザインに限らず、骨董の器やアメリカの器、洋書の画集などが組み合わされています。
生まれたときからずっと賃貸マンションで暮らしてきたという牟田さん。
「東京のちいさなマンションの一室でも、こんなふうにアートを楽しむことができるんだ」と、堀井さんの美意識に勇気づけられたそうです。

そんな牟田さんのお話をうけて、「じゃあこの本がぴったりですね」と、次に森岡さんが紹介してくださったのは、さとうゆみかさんの絵本『ぼくらのおうち』です。
牟田さんが取り上げた堀井和子さんの本のなかに、松本在住の木工デザイナー・三谷龍二さんのスプーンが登場するのですが、以前、森岡家でもこの木のスプーンと絵本をめぐるちょっとした出来事があったそう。
森岡さんの娘さんは小さな頃、ヨーグルトが苦手で、朝食に出しても「美味しくない」と食べてくれなかったそうです。
ところがある朝、このスプーンをヨーグルトの容器にさして出してところ、どういうわけか、「わあっ」と嬉しそうな顔をして食べはじめたのだとか。
驚いた森岡さんがその理由を聞くと、娘さんは絵本『ぼくらのおうち』のワンシーンで野ネズミが口にしているスプーンを示し、「これといっしょだよ」と教えてくれたのです。
「木のスプーンが絵本と組み合わさったとき、住空間そのものが想像の世界になった。私と娘にとってそんなアート体験だったと思います。高価な1点もののアートではなくても、簡素な木のスプーン1本でも、絵本を介することでそんな面白い出来事が起こるんですよね」と森岡さん。

続く牟田さんの2冊目は、重厚な本でした。
『シェーカー 生活と仕事のデザイン』は、アメリカのシェーカー教徒たちの日常の暮らしを写真と文章で紹介した翻訳本です。

牟田さんは、「何もかもを自分たちでつくる自給自足の生活がシェーカー教徒にとっての祈り。実用こそが美であり善である彼らの考え方がほんとうに美しいと思って、20代のとき、当時の私には値がはりましたけど、思い切って購入した本です」と語ってくださいました。
「この本が牟田さんの生活空間に与えてきた影響は?」との宮本さんの質問に牟田さんは、「常にこのように生活したいなと思ってきました。ひとつの理想であり立ち返る風景ですね」と答えました。
経済的に余裕がなかった若い頃から、カゴひとつでも一生懸命に選んで、自分の目に見える範囲だけでもいいから、この本の写真のような「いつまでも眺めていられる景色」にすることを心がけてこられた牟田さん。
いわれてみれば、シェーカーの実用の美は、牟田さんの著書『文にあたる』の装丁の佇まいに通じるところがあると思いました。

森岡さんも、若い頃に強く影響を受けた先達の本を紹介してくださいました。
古美術商の故・坂田和實さんの名著『ひとりよがりのものさし』です。
当時、目白にあった坂田さんのお店〈古道具坂田〉に足繁くに通っていたという森岡さん。
「古道具坂田はとっても照明が暗いんですよね。これは私の解釈ですが、暗い光のもとでモノを眺めたり、言葉をかわしたほうがより深く交感できると、坂田さんは考えておられたのではないでしょうか」。
その影響でしょうか。銀座の森岡書店で店主がいつも立っている奥のカウンターには、たった1灯だけ、ガラス製のペンダントライトが吊り下げられ、仄かな灯りが〈1冊の本〉を照らしています。

森岡さんは続けます。
「古道具坂田は、古い木綿の雑巾や包み紙など、捨てられているようなものを並べていました。それらは店主との関係性のなかで唯一無二のアートになっていく。何がアートかは権威が決めるのではなく、自分の審美眼で決めていいんだよと教わりました」。

『ひとりよがりのものさし』は雑誌『芸術新潮』での坂田和實さんの連載をまとめた本でした。
雑誌世代でもあるお二人。
ソファやテーブルに愛読の雑誌が積まれている様子もまた、日常のなかにある〈本のある風景〉ですね。
牟田さんの選書のなかにも雑誌がありました。マガジンハウスの『ku:nel』です。
「一人暮らしをはじめた頃に、ちょうど『ku:nel』が創刊されたんです。料理や旅の記事もあればアートの特集もある。今でいうライフスタイル誌ですけど、私にとっては学校でした」と牟田さん。
森岡さんも『ku:nel』には影響を受けたといいます。
「有山達也さんのデザインが今振り返っても素晴らしいお仕事ですね。テキストも写真も強く主張するのではなく、あえて引いて余白を出す。私たちの世代にとってカウンターカルチャーのような存在だったと思います」。

電子書籍化が進み、スマホで記事や動画を見ることが主流になりつつある現在、本や雑誌は私たちの暮らしから徐々に消えています。
それは若い世代ほど顕著でしょう。
けれど、今回、お二人のお話を聞いて、モノとして、また機能として美しい本が、目に入る場所にただ置いてあるだけで、空間だけでなく、私たちの人生や美意識にも深く作用することがわかりました。
絵や彫刻を頻繁に買うことはできないけど、本ならできる。
家を建てるとき、部屋を整えるとき、どんな本棚や本のある風景を家のなかにつくるかによって、暮らしも変わっていくのですね。
牟田都子さん、森岡督行さん、素敵な本と物語のシェアをありがとうございました!

これにて、〈家づくりとアート〉をめぐる全3回のトークセッションは終了。
クリス智子さんとナカウムラクニオさんをお迎えしたvol.2と、今回のvol.3の内容については、アーカイブ動画を以下のサイトにて公開しております。
( *ご視聴にはお申込み手続きが必要となります)

▶︎ 家づくりとアートvol.2 「わたしとアートの住まいかた」 クリス智子×ナカムラクニオ
http://www.sekisuihouse.co.jp/event/detail.php?id=b300007-2303-10022

▶︎ 家づくりとアートvol.3 「わたしとアートのモノがたり」 森岡督行×牟田都子
http://www.sekisuihouse.co.jp/event/detail.php?id=b300007-2303-10023

そして!
2023年4月以降も《SEKISUIHOUSE meets ARTISTS》は続きます!
今回のトークシーリーズで、素晴らしいゲストの皆さんとの対話から得た「家づくりとアート」をめぐる気付きや発見も取り入れた、新たな取り組みが5月からスタートします。
どうぞおたのしみに。

トーカー 紹介

牟田都子(むた・さとこ) 1977年生まれ、東京都出身。図書館員を経て出版社の校閲部に勤務。2018年より個人で書籍・雑誌の校正を行う。これまで関わった本は『はじめての利他学』(若松英輔、NHK出版)、『家族』(村井理子、亜紀書房)、『せかいはことば』(齋藤陽道、ナナロク社)ほか多数。著書に『文にあたる』(亜紀書房)、共著に『あんぱん ジャムパン クリームパン 女三人モヤモヤ日記』(亜紀書房)、『本を贈る』(三輪舎)がある。

森岡督行(もりおか・よしゆき) 1974 年山形県生まれ。森岡書店代表。著書に『荒野の古本屋』、『800 日間銀座一周』(文春文庫)など多数。企画協力した展覧会に「そばにいる工芸」(資生堂ギャラリー)、「畏敬と工芸」(山形ビエンナーレ)などがある。共著の 『ライオンごうのたび』(あかね書房)が全国学校図書館協議会選定図書に選ばれた。