スペシャルトーク「わたしとアートの出会いかた」

荒井良二(絵本作家)×遠山正道(スマイルズ代表取締役役社長)

現在、SUMUFUMU TERRACE 青山で好評開催中の「SEKISUIHOUSE meets ARTISTS」は、日本のアートシーンを牽引する3組のアーティストと、東京藝術大学の学生たちが、“あなたの家づくり”にオーダーメイドのアート作品を提案する展示会。
本展にあわせて開講するスペシャルトーク・シリーズ「家づくりとアート vol.1~3」では、SUMUFUMU TERRACE 新宿に著名なアートコレクターやインフルエンサーをお迎えし、日常生活にアートを取り入れるコツを「出会いかた」「住まいかた」「モノがたり」の3ステップでお伝えしていきます。

左から遠山正道さん、荒井良二さん、宮本武典さん。

7月9日[土]に実施した「家づくりとアートvol.1」では、SUMUFUMU TERRACE 新宿に、Soup Stock TokyoTheChainMuseumを展開するスマルズ代表取締役社長であり、アートビジネス界を牽引するコレクター・遠山正道さんと、国際的に活躍する絵本作家・荒井良二さんをお迎えして、「わたしとアートの出会いかた」をテーマに、たっぷり2時間お話を伺いました。聞き手は東京藝術大学准教授でキュレーターの宮本武典さん。今回のNOTEではその模様をリポートいたします!

トークの冒頭、「絵本作家は憧れの職業。荒井良二さんをたいへんリスペクトしています」と遠山正道さん。「ストーリーを絵と文字でシンプルに伝える絵本制作は、顧客に商品やサービスの魅力を伝える店舗プロデュースにも通じる」としながらも、「ビジネスは利益を出すことを目的としているのに対し、荒井さんの絵本は必ずしもそうした分かりやすい“オチ”はないですよね?」と質問。
荒井さんは、「そうなんですよ。自分は”いかにも絵本っぽい定型”ではない作品をつくりたくて、いつも実験している感じ。その”探している感じ”が結果的に絵本になるからオチはないんですよね」。
絵本とビジネス、それぞれの開拓者であるお二人らしい対話のスタートとなりました。

1. 「忘れられないアートとの出会い」

今回のトークでは、事前にお二人に3つの質問を投げかけていました。第1問は「忘れられないアートとの出会いは?」。まずは荒井さんと遠山さんの「アートとの出会い」、クリエイターとしての原風景を紐解いていきます。

遠山さんが挙げた「忘れられないアート」は2つでした。ひとつ目は、少年時代に家族旅行で訪れたパリで観た、エドゥワール・モネの「モネの日傘をさす女」(1886年)。当時10歳くらいだったそうですが、オルセー美術館でこの絵を見た瞬間、子どもながらに感動して涙が出たそうです。
もう一つは、アメリカのホラー映画「ローズマリーの赤ちゃん」(1968年)のポスター。あまりに怖ろしくて、記憶に焼き付いているとのこと。
アートとの出会いは必ずしも「綺麗なもの・こと」だけではなく、美の背後にある底知れぬ深さ(時には怖さ)に気づくことでもあり、遠山さんは幼い頃からそうした感受性をもっておられたのですね。

荒井良二さんとアートとの出会いは特定のアート作品ではありません。「自分が生まれ育ったのは山形市の平清水という陶芸の里で、叔父も陶工だったんですね。子どもの頃、はじめてロクロ場(陶土から器などを成形する工房)に入ったときの印象がずっと残ってます。掃き清められた床とか、ロクロを回す職人たちの背中から伝わってくる、ものづくりの真摯さは今でも忘れられない」。
後年、陶芸家ではなく絵本作家になった荒井さん。”つくる人”らしい「はじめてのアート体験」を聞くことができました。お二人の答えからも、壁にかける1枚の絵やポスター、創造に真剣に打ち込む大人たちの存在が、子どもたちの感性にいかに大きな影響を与えるかが分かりました。家づくりの参考になるお話です。

2. 「わたしを良くするアート」

続いての質問では、お二人がコレクションしているアートについて教えていただきました。

遠山さんが結婚してすぐ購入して新居に飾り、30年経った今でも毎日眺めているのは菅井汲(1919-1996)の作品。遠山さんが生まれた60年代にパリに渡っていた菅井が、当時、世界で大流行していたミッドセンチュリーの影響を受けて描いた抽象画だそうです。ご自身が生まれた時代のリンクと、作家自身のライフヒストリーに親近感を持った遠山さんは、以来、菅井の60年代以降の作風にも関心をもち、継続してコレクションしているそうです。
遠山さんはアート・コミュニケーション・プラットフォームThe Chain Museumを立ち上げ、若手アーティストの活動を支援していますが、そうしたアーティストへの関心や共感の原点に、菅井汲の絵画があるのかもしれません。

対して荒井さんの答えは意外なものでした。自宅やアトリエに自作ふくめ「アート作品を飾ることはまったくしない」とのこと。「自分の過去作品や他者の絵から影響をあまり受けたくない」というのが、その理由です。街で素敵な画集を見つけてもあえて買わず、脳裏に焼き付けて帰るのだとか。
そのかわり、自宅とアトリエには旅先で拾った小石や、小さな玩具、民芸品、割れた器などをたくさん置いて飾っているという荒井さん。これら小さなものたちの一つひとつに、訪れた土地、出会った人々との思い出が宿っていて、荒井さんの絵本創作のヒントになっているようです。
唯一、「他者がつくった作品」で荒井さんがいつも手元に置いておきたいのは詩集。絵本制作の合間に、尊敬する詩人たちの言葉をチラチラと開いたり閉じたりして、その断片的な言葉から刺激を受けとるのだそうです。

お二人とも、自分とコレクションとの間に独自の関係を構築し、それを暮らしのなかで深め、継続して楽しんでおられました。アートの楽しみ方は自分基準でいい! アートコレクション初心者にとって、とても励まされるお話を伺うことができました。

3. 「わたしのアートの見つけかた」

最後の質問は「アートの見つけ方」です。良質なアウトプットには良質なインプットが必要なはず。絵本業界とビジネス界のトップクリエイターである荒井さんと遠山さんは、多忙を極める毎日のなかでどのようにアンテナをはり、場所や作品にアプローチし、刺激を受けておられるのか、聞いてみました。

荒井良二さんは「絵本のなかにヒントを探そうとすると、どこかで見たような絵本(の定型にはまったもの)をつくってしまう。最初にも話したけど、絵本をつくる道筋を、ひとつ前の仕事とどう変えるかが難しいね。いつも新しいアプローチを探していますね」とのこと。
そのためには、世の中がどうなっているか、日々のニュースをチェックするし、一緒に仕事をすることが多い小説家やデザイナーなど、異なる表現領域のプロから受ける影響も大きいそうです(自分との違いを確認する意味でも)。

遠山さんは、同時代を生きるアーティストとつながることで得られる面白さを語ってくださいました。「さっきの荒井さんのお話もそうだけど、アーティストっていつも未来を向いているんだよね。アートとつきあうと、過去だけでなく、未来も共有できる。作品を購入して飾ったり、継続して個展に出向いて、アーティストを応援し続けると、自分でも思ってない未来にたどり着ける面白さがある。その意味で、つくり手と鑑賞者は対等な関係で、一緒に未来を創っていくのだと思う」。
実は遠山さんには画家としての顔もあります。商社マンだった34才のとき、まったくの自己流で絵画の個展をひらき「自らつくって世の中に提案する喜び」を強烈に体感したそうです。それがその後の「Soup Stock Tokyo」創業につながっていきます。遠山さんは「アーティストと起業家は同じだ」と説きます。彫刻家が石塊から人体を掘り出すように、企業家も今あるトレンドの向こうにある、まだおぼろげな暗闇から新たなビジネスモデルに形を与える。「今はまだないものを形づくっていく点では、アートとビジネスは同じである」と。

以上で、荒井良二さんと遠山正道さんの「わたしとアートの出会いかた」をめぐる2時間の対話は終了。とても紙幅が足りないのですが、ここに書いたこと以外にも、幼少期、青年期、そしてますますパワフルな壮年期まで、人生の折々で出会い・影響を受けてきたアートとの出会いを、縦横無尽に語ってくだいました。
ご来場のお客様との質疑応答では、「人生最後のシーンである医療や介護の現場にどのようなアートがあれば良いと思うか?」、「単身家庭が中心となる”超ソロ社会”に突入した日本社会で、建てた家やアートコレクションの”その後”をどうしていくか?」など、リアルな未来に向けた新たなテーマも浮かびあがりました。

遠山さんと荒井さん、時代を牽引するお二人の原点にも「アートのある暮らし」がありました。
アートと暮らすライフスタイル・セミナー「家づくりとアート」では、これからも様々なクリエイターのストーリーをご紹介していきます。
荒井良二さん、遠山正道さん、ありがとうございました!

次回のテーマは「わたしとアートの住まいかた」です 。ゲストトーカーには、ラジオや著書を通して「暮らしのなかのアート」の魅力を発信しているクリス智子さんとナカムラクニオさんをお招きします。
アートラバーのお二人は、いまどんなアーティストに注目し、プライベート空間ではどのようにアートを楽しんでおられるのでしょうか。11月13日[日]に、再びSUMUFUMU TERRACE 新宿でお話を伺います。どうぞお楽しみに!

トーカー 紹介

荒井良二(あらい・りょうじ) 1956年山形県生まれ。日本大学藝術学部美術学科を卒業後、絵本を作り始める。1999 年に『なぞなぞのたび』でボローニャ国際児童文学図書展特別賞を、2005 年には日本人として初めてアストリッド・リンドグレーン記念文学賞を受賞するなど、国内外で数々の絵本賞を受賞。日本を代表する絵本作家として知られ、海外でもその活動が注目されている。美術館での展覧会、NHK連続テレビ小説 「純と愛」 のオープニングイラスト、「みちのおくの芸術祭 山形ビエンナーレ」の芸術監督など多方面で活動。主な絵本に『はっぴぃさん』、『きょうはそらにまるいつき』(偕成社)、『ねむりひめ』、『きょうのぼくはどこまでだってはしれるよ』(NHK出版)、『こどもたちはまっている』(亜紀書房)などがある。

遠山正道(とおやま・まさみち) 1962年東京都生まれ。慶應義塾大学商学部卒業後、85年三菱商事株式会社入社。2000年株式会社スマイルズを設立、代表取締役社長に就任。現在、「Soup Stock Tokyo」のほか、ネクタイブランド「giraffe」、ニューサイクルコモンズ「PASS THE BATON」、ファミリーレストラン「100本のスプーン」、海苔弁専門店「刷毛じょうゆ 海苔弁山登り」を展開。「生活価値の拡充」を企業理念に掲げ、既成概念や業界の枠にとらわれず、現代の新しい生活の在り方を提案している。最近では、小さくてユニークなミュージアム「The Chain Museum」、アーティストを支援できるプラットフォーム「Art Sticker」などをスタート。さらに、サブスク型の幸せ拡充再分配コミュニティ『新種のimmigrations』を2020年9月より始動。